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「大航海時代Online」Zephyrosサーバーで東奔西走するポルトガル人・絶対王妃とイングランド人・Anni-Fridの勝手わがまま気まま航海録

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世紀の大発見
すこし前にみつけてきた『ぱれんけ』ですが、
この『ぱれんけ』にまつわるクエストがいくつもあるのですよね~^-^
パレンケ物語の脇役たち

ムトゥプル王の後見によって即位したにもかかわらず、
カラクムル側についてムトゥプルに戦いを挑み勝利したカラコルの王・ヤハゥ・テ・キニチ2世。

この一連の戦いのことを『星の戦争』と呼んでいますが、
この時代にパレンケの女王だったのがクック女王。

そのクック女王の息子で次の王様がパカル王。

パカル王がムトゥプルの王様を助けてカラクムルから覇権を奪回するのですね。

そしてパカル王の息子でお兄さんのほうがチャン・バラム王、
弟さんがカンシュル王…のようです。

パカル王とチャン・バラム王の時代がパレンケの最盛期で、
その弟カンシュル王は別の国に捕らえられちゃったりといいところがなかったみたいです><

そして、
カンシュル王の時代から100年も経たないうちにパレンケは捨てられちゃうことになります;;


衰退しちゃった理由はいろいろ考えられるそうです。
メキシコからの侵入者・交易力の弱体化による経済的没落・森林伐採による地力低下…
こうして1000年以上昔の古代文明は忘れ去られてしまいます><


その古代文明に君臨した王様のお墓はどこ?というクエストが、
考古学の一大事件

これです^-^
開錠がR11になったおかげで受けることができましたヽ(´▽`)/


王墓さがし

若者のおじいさんのお話にありますように、
マヤ文明のピラミッドはエジプトのピラミッドとは違い、
お墓ではなく神殿の土台にすぎない、と言われていたそうです。

だからこそ、
「お墓どこ?」というクエストになっちゃうのでしょうけれど、
実際にパレンケがいすぱにゃーんによって発見されたのは18世紀の半ば。
DOLの時代ではまだ見つかってないのですよね^^;


その王様のお墓、実は…
世紀の大発見!

ちゃーんとピラミッドの中にありましたヽ(´▽`)/~♪
ちなみに、
パレンケの『碑文の神殿』の中でみつかった王墓はパカル王のものです。


そのパカル王の王墓、
1952年にメキシコ人考古学者アルベルト・ルース・ルイリエールの手で発見されました。

1949年、
『碑文の神殿』の内部を調査している際、
床面に敷き詰められた石版に12個の孔があることをみつけ、
その孔をきれいにお掃除し石版を持ち上げますと、
土や石で埋められた通路が出てきました。

その詰め物を4年がかりで取り除き、
通路を奥へと進むと石室があって、
その部屋でパカル王の石棺を見つけたそうです♪

『マヤのピラミッドはエジプトとは違う』という、
これまでの考古学的常識をくつがえしたとされる世紀の大発見です。

それ以降、
マヤ研究はパレンケが中心地とされ、
この発見まではほとんど観光客がこないようなマイナー遺跡だったのが、
一転して『マヤでもっとも美しく印象的な遺跡』として大人気観光地となりました。


一方、
バラム王の王墓を発見したルース博士はといいますと、
この発見から数年後には発掘調査の最前線から引退し、
大学教諭として学生に熱弁をふるっていました。

かなり楽しい講義だったそうですよ^-^-^-^-^


そして…
今ではパレンケの『碑文の神殿』の前で眠っていらっしゃいます。
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